社会主義国

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'''社会主義国'''(しゃかいしゅぎこく)とは、[[社会主義]]を標榜する[[国家]]を指す。通常は[[憲法]]などで社会主義を国家理念・国家政策として掲げる[[共和国]]であり、単に[[共産党]]が[[政権]]を担っているだけでは社会主義国とは呼ばれない([[モルドバ]]、[[キプロス]]、[[サンマリノ]]など)。狭義には[[ソ連型社会主義]]の国家、広義には社会主義的諸政策を推進している国家である。最初の社会主義国家は[[ソビエト連邦|ソ連]]で、ソ連崩壊後の現在では[[中華人民共和国]]、[[朝鮮民主主義人民共和国]](北朝鮮)、[[ベトナム]]、[[ラオス]]、[[キューバ]]である。 == 歴史 == === 誕生 === [[19世紀]]の[[資本主義]]社会は過酷な労働環境をもたらすなど多くの矛盾・問題点を孕んでいた。その問題点は多くの[[社会主義]]学者によって分析され理想の社会が論じられてきたが、特に[[カール・マルクス]]、[[フリードリヒ・エンゲルス]]らは、資本主義が成熟した後に社会主義(共産主義)が実現しうるとした。 世界初の労働者による革命政権は[[1871年]]の[[パリ・コミューン]]であり、世界で最初の社会主義国家は、[[ロシア革命]]と[[十月革命]]を経て[[ボリシェヴィキ]]が主導権を握ったことで[[1917年]]に成立した[[ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国]]である。ボリシェヴィキの政権は[[ロシア内戦]]を経て[[1922年]]に成立した[[ソビエト連邦|ソビエト連邦(ソ連)]]の前身となった。この他にもロシア内戦の時期には旧[[ロシア帝国]]領内に複数の社会主義政権が生まれている。[[1919年]]には[[ハンガリー評議会共和国]]が成立したが、まもなく消滅した。[[1924年]]には[[中華民国]]から独立する形で、アジア最初の社会主義国として[[モンゴル人民共和国]]が誕生した。 === 拡大と冷戦 === {{See also|東側諸国}} [[第二次世界大戦]]後、多くの社会主義国が誕生した。 [[東ヨーロッパ|東欧]]では、多くの国々がソ連により「解放」された結果として社会主義国([[衛星国]])となり、ソ連を盟主とする軍事同盟の[[ワルシャワ条約機構]]に加盟した([[ドイツ民主共和国|東ドイツ]]、[[ポーランド]]、[[チェコスロバキア]]、[[ブルガリア]]、[[ルーマニア]]、[[ハンガリー]]、[[アルバニア]])。ただしアルバニアは[[中ソ対立]]の際に親中路線をとり脱退した。[[ユーゴスラビア]]は当初の親ソ路線から独自の社会主義路線に転じ、[[非同盟]][[中立]]政策や、一定の[[自由市場]]経済を認める[[市場社会主義]]を採用した。 [[東アジア]]では、[[大日本帝国|日本]]の敗戦により、[[1948年]]に[[大韓民国]]樹立に対抗する形で[[朝鮮民主主義人民共和国]](北朝鮮)が成立した。[[中国]]では[[汪兆銘政権]]が崩壊した後に[[国共内戦]]が再開され、[[蒋介石]]率いる[[中国国民党]]が敗れ[[台湾]]に逃走した結果、[[1949年]]に[[中国共産党]]率いる[[中華人民共和国]]が成立した。ソ連、中国の間では[[中ソ友好同盟相互援助条約|同盟]]が結ばれた。 [[東南アジア]]では、終戦の混乱に乗じて[[1945年]]に[[フランス領インドシナ|旧仏領インドシナ]]地域が[[独立]]を宣言し、[[ベトナム民主共和国]](北ベトナム)が成立した。しかし[[1946年]]には[[フランス]]が東南アジアの利権を守るべく[[傀儡政権]]の[[コーチシナ共和国]]を成立させたことで、南北[[分断国家]]となり、南北対立と断続的な[[戦争]]が行われた。北ベトナムはソ連や中国の(中ソ対立ではソ連側に付いた)、[[南ベトナム]]は当初はフランスの、後には[[アメリカ合衆国]]の支援を受けた。しかし[[1975年]]、北ベトナム軍は南ベトナムの[[首都]][[ホーチミン市|サイゴン]]を陥落させ、社会主義国としての統一を実現した。周辺国の[[カンボジア]]、[[ラオス]]も社会主義国となった。<br/>これに対し、[[ミャンマー]](ビルマ)では、[[1962年]]、[[ネ・ウィン]]がそれまでの国内の混乱を背景にクーデターを決行。「[[ビルマ式社会主義|社会主義へのビルマの道]]」と呼ばれる独特の[[民族主義]]・[[国家主義]]・社会主義体制を確立。アメリカ・ソ連との関係を最低限の範囲にまで縮小させて、国際的には孤立化の道を歩む事となった。 [[南アジア]]においては、[[インド]]はソ連の支援を受け社会主義的政策を取った。 [[中東]]・[[アフリカ]]では、[[1976年]]には[[アンゴラ]]、1977年には[[セーシェル]]、[[1978年]]には[[エチオピア]]、[[モザンビーク]]、[[南イエメン]]、[[アフガニスタン]]で社会主義政権、もしくは親ソ政権が誕生した。 [[ラテンアメリカ|中南米]]では、アメリカの半植民地状態であった[[キューバ]]で、[[1959年]]に[[フィデル・カストロ|カストロ]]率いる革命政権が発足した。また[[1970年]]に[[チリ]]の自由選挙において[[サルバドール・アジェンデ]]が[[大統領]]に選出される。しかしこのアジェンデ政権は、[[1973年]]には[[中央情報局|CIA]]の後援を受けた[[アウグスト・ピノチェト|ピノチェト]]将軍らによる[[チリ・クーデター|チリ軍事クーデター]]により崩壊した。 以上のように[[西側諸国]]は「ソ連が国内には[[恐怖政治]]、国外には革命の輸出を行っている」として軍事的圧力や経済封鎖、反革命勢力への武器提供や資金援助を行った。[[東側諸国]]はこれに対抗して国内統制を強化し[[コミンフォルム]]を通じて西側の社会主義政党にも介入したため、'''[[冷戦]]'''や、[[朝鮮戦争]]や[[ベトナム戦争]]などの[[代理戦争]]が繰り広げられた。 [[冷戦]]参照 なお東南アジア、アフリカ、南米などの社会主義国は、資本主義が進化して社会主義へ進んだというより、旧[[宗主国]]である西側諸国と対決して[[植民地]]や半植民地状態から独立し、ソ連などの援助を得て国家指導の[[近代化]]建設を推進する面が強く、陣営は異なるものの[[反共主義]]を掲げて西側の援助を得た[[開発途上国]]の[[開発独裁]]とも共通する。 === ソ連崩壊 === [[1950年代]]以降は社会主義諸国の間でもさまざまな[[紛争]]が起こり「共産主義は一枚岩」(社会主義国は将来的には共産主義を実現すると標榜していた)という理念は短期間で崩壊した。[[1956年]]の[[スターリン批判]]と[[ハンガリー動乱]]、米ソの[[平和共存]]路線に反対する形での[[中ソ対立]]や、[[1968年]]の[[プラハの春|ソ連のチェコスロバキアへの軍事介入]]、[[1978年]]からの[[アフガニスタン紛争 (1978年-1989年)|ソ連のアフガニスタン侵攻]]、[[1979年]]の[[中越戦争]]などである。 いくつかの社会主義国では教育・福祉制度の充実がはかられ一定の生産性の向上がみられたものの、軍事負担や西側の経済封鎖の影響もあり、生活水準の向上では資本主義国に取り残された。共産党[[一党独裁]]と[[中央集権]]的な[[官僚主義]]の弊害により、[[民主主義]]は制限され、[[労働組合]]は[[傀儡]]の[[御用組合]]となり、党幹部は[[共産貴族]]とも呼ばれた。 他方、資本主義諸国では、アメリカ合衆国の[[ニューディール政策]]やイギリスの[[福祉国家論|福祉国家]]、更には北欧諸国の[[社会民主主義]]政策など、教育水準の向上が社会流動性をもたらし、[[社会保障]]等の福祉制度の充実と生産力の向上が、貧困の克服と一定の社会の成熟と安定をもたらした。この背景には、国際的にも国内的にも社会保障面で社会主義勢力に対抗する必要があったこと、各国の[[社会民主主義]]勢力の役割などが挙げられる。 [[1980年代]]後半には[[ソビエト連邦共産党|ソ連共産党]]による体制が消耗を見せ、[[ベルリンの壁崩壊]]などの[[東欧革命|東欧諸国の民主化]]や[[ペレストロイカ]]を経て、[[1991年]]には[[ソ連崩壊|ソ連が崩壊]]した。重しの外れた[[ヨーロッパ]]の社会主義国は次々に社会体制を改め、現在ヨーロッパにはソ連型社会主義国は残っていない。 === 現在 === [[社会主義#ソ連崩壊後]]参照 [[2011年]]現在では、[[アジア]]([[中華人民共和国]]、[[ベトナム]]、[[ラオス]]、[[朝鮮民主主義人民共和国|北朝鮮]])と[[中央アメリカ|中米]]([[キューバ]])では[[一党独裁制]]の社会主義国が残っているが、それらの国々でも北朝鮮を除けば、ある程度[[開発独裁]]的な体制である[[社会主義市場経済]]を採用している。 アジアでは、[[中華人民共和国]]は[[改革開放]]、[[ベトナム]]は[[ドイモイ]]政策を採用し、政治的には社会主義(共産党一党独裁)を堅持しながらも、経済的には資本主義化(国有企業の株式会社化、外資誘致など)を導入して効率化と発展を追求する、一種の[[混合経済]]を進めている。[[朝鮮民主主義人民共和国]](北朝鮮)は独自の[[主体思想]]を掲げる軍事独裁専制国家で、経済的・政治的な体制は[[ソ連型社会主義]]とも異なるが、2002年7月の経済改革では農産物など部分的な自由市場が認められ、[[2009年]]の憲法では、「社会主義」を標榜してはいるが、「共産主義」の語は削除され、独自の「[[先軍政治|先軍思想]]」が明記された。 一方、中南米では[[キューバ]]の社会主義政権が崩壊せず続いている事に加え、1990年代末より市場開放による国内産業の壊滅や貧富の差の拡大もあり、左派勢力が力を増し、[[ベネズエラ]]の[[ウゴ・チャベス|チャベス政権]]を筆頭に、[[エクアドル]]、[[ニカラグア]]、[[ボリビア]]など社会主義を志向する国が続いており、2009年にも[[エルサルバドル]]では、かつては共産ゲリラであった[[ファラブンド・マルティ民族解放戦線]]が選挙で政権を奪取した。[[米州自由貿易地域]]に対抗した[[米州ボリバル同盟]]が結成されている。 なお[[ロシア]]、[[ベラルーシ]]などの旧社会主義圏では、[[ボリス・エリツィン|エリツィン]]時代の急速な市場経済導入による混乱と国家弱体化の反動で、[[超大国]]時代の社会主義ソ連を懐古する層もあり、[[大統領]]への権限集中を後押しする一因となっている。 ==== 西側諸国の現在 ==== 西側諸国の社会主義者や社会主義政党では、かねてより[[労働党 (イギリス)|イギリス労働党]]などの[[社会民主主義]]と、[[プロレタリア独裁]]を掲げ[[ソ連型社会主義]]を目指した[[マルクス・レーニン主義]]が対立していたが、マルクス・レーニン主義勢力は次第に縮小した。 [[日本共産党]]は1950年代から「自主独立路線」を掲げ、ソ連共産党や中国共産党から次第に自律的な路線を模索しはじめる。[[1963年]]には[[部分的核実験禁止条約]]をきっかけにソ連共産党と対立し、関係を断絶。[[1966年]]には中国との対立も表面化し翌年には関係断絶に至る。このような流れの中で日本共産党は1966年の党綱領に自主独立路線を明記。[[1974年]]には党綱領からプロレタリア独裁の規定を削除し、[[1976年]]には「[[自由と民主主義の宣言]]」を出して[[間接民主制|議会制民主主義]]の擁護を明確にした。 西側最大の共産党であった[[イタリア共産党]]は、[[1970年代]]にはマルクス・レーニン主義を放棄し[[ユーロコミュニズム]]の路線を確立、[[1980年代]]には[[社会民主主義]]政党へ路線転換した。西側では長らくソ連共産党への支持を続けた[[フランス共産党]]は、退潮傾向にあり1990年代より多様な路線を模索している。 対立する一方の超大国が消滅したため、世界唯一の超大国となったアメリカ合衆国の軍事力の突出に懸念する声もある。冷戦下では共通の敵を持ち歩調を合わせてきた西側諸国の中でも、アメリカ合衆国の軍事行動に同調しないケースが増えつつある。また冷戦終了後もアメリカ合衆国の二重基準が続いている(民主主義と市場経済を唱えながら、[[サウジアラビア]]や[[エジプト]]などの独裁政権は支持し、仮にも選挙で選ばれた[[イラン]]、[[ベネズエラ]]などの政権には敵対する)ことを批判する声もある。 [[2007年]]に[[世界金融危機 (2007年-)|世界金融危機]]が発生したが、その背景として「社会主義に勝利した」とする[[新自由主義]]によって推進された、自由主義経済の行き過ぎ([[市場原理主義]])と、政府や社会による市場の監視・管理機能の低下が、資本主義諸国の指導者からも含め、広く指摘されている。 == 評価 == ソ連及びソ連の影響下で成立した多くの社会主義国家では、基本的な教育・賃金・住宅・医療などが保障され、身分・民族・男女などによる差別は公式には否定され、国家による産業(特にインフラ)の整備が行われて近代化が促進された。一方、基本的には共産党一党独裁であり、言論の自由、宗教の自由などはしばしば制限され、また官僚制による腐敗や非効率も深刻化した。特に[[ヨシフ・スターリン|スターリン]]時代には大規模な人権侵害が長期間行われた事が[[スターリン批判]]で暴露されたが、共産党独裁自体は継続された。またソ連の影響下の国々は[[衛星国]]とも呼ばれ[[制限主権論]]も唱えられた。 ソ連の影響下ではなく独力で社会主義政権を建設した国では、ユーゴスラビアやキューバのようにソ連に比べ政権党の統制が比較的緩やかな場合もあるが、それでも西側諸国に比べると言論の自由は制限されていた。とりわけ、中国・カンボジアは、ソ連以上に厳しい抑圧体制を敷いた。カンボジアの[[ポル・ポト]]政権は、中国の[[文化大革命]]に触発されて極端な農業集団化を推し進め、人口700万の同国で150万から300万の国民(国外亡命者を含む)を処刑した。[[1989年]]6月には中国で[[六四天安門事件|天安門事件]]が発生し、民主化を求める学生デモを武力鎮圧した。また、[[2005年]]の[[2005年の中国における反日活動|反日暴動]]に前後して、[[インターネット]]における中国政府の[[検閲]]や同国の検定[[教科書]]が話題になった。 == 主な社会主義国 == === 現存する社会主義国 === * アジア ** {{Flagicon|CHN}} [[中華人民共和国]] - [[中華人民共和国憲法|憲法]]に「[[社会主義]]」、「[[プロレタリア独裁|独裁]]」、「[[党の指導性|党の指導]]」を明記 ** {{Flagicon|VIE}} [[ベトナム|ベトナム社会主義共和国]] - 憲法(1992年)に「社会主義」、「独裁」、「党の指導」を明記 ** {{Flagicon|LAO}} [[ラオス|ラオス人民民主共和国]] - 国家体制について「社会主義」への直接的な言及はないが、「人民民主共和国」と規定し、憲法は「[[人民民主主義]]」に基づくと明記。国民の権利は「ラオス人民革命党の主軸とする政治制度の機能を通じて行使され、保証される」とし、党の指導に言及。 ** {{Flagicon|IND}} [[インド|インド共和国]] - [[インド憲法]]で「社会主義」を明記しているが、特定の政党による「指導」は言明していない。 ** {{Flagicon|PRK}} [[朝鮮民主主義人民共和国]](北朝鮮) - [[朝鮮民主主義人民共和国社会主義憲法|憲法]](2009年改定)に「社会主義」、「独裁」、「党の指導」を明記 * 中南米 ** {{Flagicon|CUB}} [[キューバ|キューバ共和国]] - 憲法に「社会主義」、「党の指導」を明記 * 中東 ** {{Flagicon|SYR}} [[シリア|シリア・アラブ共和国]] - 憲法に「[[バアス党]]一党独裁による国家の指導」、「社会主義」を明記。 === 消滅した社会主義国 === * アジア ** {{Flagicon|MNG1949}} [[モンゴル人民共和国]] ** [[画像:Flag of the People's Republic of Kampuchea.svg|border|25x20px|カンボジア人民共和国の旗]] [[カンプチア人民共和国]] - [[民主カンボジア]]([[ポル・ポト]]政権)が打倒された後の[[カンボジア]]の政権 ** {{Flagicon|MYA1974}} [[ミャンマー|ビルマ連邦社会主義共和国]](ミャンマー) - [[ネ・ウィン]]将軍率いる[[ビルマ社会主義計画党]]による独裁 ** [[画像:Flag of South Yemen.svg|border|25x20px|イエメン人民民主共和国の旗]] [[南イエメン|イエメン人民民主共和国]](南イエメン) ** [[画像:Flag of Afghanistan (1979-1987).svg|border|25x20px|アフガニスタン民主共和国の旗]] [[アフガニスタン|アフガニスタン民主共和国]] ** {{Flagicon|IRQ1963}} [[イラク|イラク共和国]] ** {{Flagicon|EGY1958}} [[アラブ連合共和国]]([[シリア]]と[[エジプト]]による連合国家) * アフリカ ** [[画像:Flag of the People's Republic of Congo.svg|border|25x20px|コンゴ人民共和国の旗]] [[コンゴ人民共和国]] ** [[画像:Flag of Ethiopia (1975-1987, 1991-1996).svg|border|25x20px|エチオピア人民民主共和国の旗]] [[エチオピア|社会主義エチオピア、エチオピア人民民主共和国]] ** {{Flagicon|ANG}} [[アンゴラ人民共和国]] ** {{Flagicon|MOZ}} [[モザンビーク人民共和国]] ** [[画像:Flag of Benin (1975-1990).svg|border|25x20px|ベナン人民共和国の旗]] [[ベナン人民共和国]] ** {{Flagicon|SOM}} [[ソマリア|ソマリア民主共和国]](しかし国家は統一せず、[[ソマリランド|ソマリランド共和国]]が分裂、独立宣言している) ** {{Flagicon|MLI}} [[マリ共和国]] ** {{Flagicon|GUI}} [[ギニア|ギニア人民革命共和国]] ** {{Flagicon|GBS}} [[ギニアビサウ|ギニアビサウ共和国]] ** {{Flagicon|ALG}} [[アルジェリア|アルジェリア民主人民共和国]] ** {{Flagicon|GHA}} [[ガーナ|ガーナ共和国]] ** {{Flagicon|Madagascar}} [[マダガスカル|マダガスカル共和国]] ** {{Flagicon|LBY1977}} [[大リビア・アラブ社会主義人民ジャマーヒリーヤ国]](旧名称:社会主義人民リビア・アラブ国) - [[ムアンマル・アル=カッザーフィー|カザフィ]]体制崩壊により消滅。[[国号]]に「社会主義」が含まれるが、独自の[[ジャマーヒリーヤ]]を標榜し成文憲法は存在しなかった。 * ヨーロッパ ** {{Flagicon|SSR}} [[ソビエト連邦|ソビエト社会主義共和国連邦]] - 1991年[[バルト三国|旧ソ連のバルト諸国]]が独立、その後、連邦自体が[[ソ連崩壊|崩壊]]、消滅 ** {{Flagicon|POL}} [[ポーランド人民共和国]] ** {{Flagicon|HUN1949}} [[ハンガリー人民共和国]] ** {{Flagicon|ROM1965}} [[ルーマニア社会主義共和国|ルーマニア人民共和国、ルーマニア社会主義共和国]] ** {{Flagicon|BGR1971}} [[ブルガリア人民共和国]] ** {{Flagicon|YUG1945}} [[ユーゴスラビア社会主義連邦共和国|ユーゴスラビア連邦人民共和国、ユーゴスラビア社会主義連邦共和国]] ** {{Flagicon|ALB1946}} [[アルバニア社会主義人民共和国]] ** {{Flagicon|DDR}} [[ドイツ民主共和国]](東ドイツ) - 1989年の[[ベルリンの壁崩壊]]がきっかけで[[ドイツ再統一|東西ドイツ統合]]へ ** {{Flagicon|TCH}} [[チェコスロバキア社会主義共和国]] - 1992年に[[スロバキア|スロバキア共和国]]独立により連邦解体、[[チェコ|チェコ共和国]]となる * 中南米 ** {{Flagicon|NCA}} [[ニカラグア|ニカラグア共和国]] * オセアニア ** {{Flagicon|VUT}} [[バヌアツ]] - 親ソ派でメラネシア社会主義を掲げるバヌア・アク党のウォルター・リニが首相に就任。しかし、ソ連崩壊後解任。 === その他 === 選挙を通じて現在、社会主義をめざす政党が政権を担っている国には以下がある(憲法などに社会主義を明記しているわけではない)。 * 中南米 ** {{Flagicon|DMA}} [[ドミニカ国]] - ドミニカ労働党政権 ** {{Flagicon|NIC}} [[ニカラグア]] - [[ダニエル・オルテガ]]政権 ** {{Flagicon|VEN}} [[ベネズエラ]] - [[ウゴ・チャベス]]政権 ** {{Flagicon|BOL}} [[ボリビア]] - [[エボ・モラレス]]政権 ** {{Flagicon|ECU}} [[エクアドル]] - [[ラファエル・コレア]]政権 社会主義政党が政権を担っているが、現在のところ社会主義を目指しているわけではない国家(政権)には以下がある。 * ヨーロッパ ** {{Flagicon|CYP}} [[キプロス]] - [[ディミトリス・フリストフィアス|フリストフィアス]]政権 == 脚注 == <references/> == 関連項目 == * [[ソ連型社会主義]] * [[共産主義]] * [[人民民主主義]] * [[共産党]] * [[共産貴族]] * [[冷戦]] * [[鉄のカーテン]] * [[竹のカーテン]] {{DEFAULTSORT:しやかいしゆきこく}} [[Category:社会主義国|*]] [[Category:ロシア革命]] [[Category:社会主義]] [[Category:共産主義]] [[Category:国家制度]]